【第43回】森 憲正 先生

2015年6月3日
▲043森 憲正.JPG


『統合医療との出会い』

森 憲正 (モリ ノリマサ)
宮崎大学名誉教授
日本統合医療学会宮崎支部長

 統合医療を意識する契機となったのは中川米造監修「医療概論」との出会いであったと思う。それまでは西洋医学にすっかり埋没した考え方で、研究、教育を業とし、医療に従事してきた。

 平成17年、看護師と鍼灸師を養成する総合医療専門学校を立ち上げ、両学科の医療概論の講義を担当した。同じ国家資格の医療職であっても看護師養成は西洋医学に、鍼灸師の養成は東洋医学に準拠している。医療概論の内容も異なっていることに気付き、初年度に躓いた。鍼灸学科の教科書に採用した上記の医療概論を紐解き、熟読しているうちに、これまで学んできた医療概論とは趣が異なり、医療と医学の定義の曖昧さが原因の一つと認識して、初年度の両学科の医療概論の混乱を正すことが出来た。初年度の学生には気の毒なことをしたと反省しきりである。これが筆者の統合医療への入門の切っ掛けとなった。患者のためとか、医療に対する疑問などという高邁な動機ではなかったことが恥ずかしい。

 現行の制度的医学は医療の一部を占めているに過ぎず、他の大部分は代替・補完と称される医療で占められている。

 古代ギリシャ医学が欧州に導入され、そこで発達していた自然科学、特に物理学、化学の思想に触れ、17世紀には既に疾病を含む身体現象を物理学的、或は化学的に解明出来るとして物理医学派、化学医学派に分かれていたという。この自然科学的医学の考え方は現在の医学、医療の研究に大きく影響している。

 明治維新後、明治政府は範をドイツ医学に求め、現行の医療制度の基礎を築いた。以後、西洋医学以外の医療は異端視され、阻害されてきた。自然科学化した西洋医学は益々身体を細分化、可視化して、疾患のみを追求し、病人を見ない医療になったといわれている。
勿論、西洋医学を主軸として進歩してきた制度的医療の恩恵は計り知れず、筆者自身もそのお蔭で現在まで存命出来ていると信じている。二種の初期がん、甲状腺疾患の治療がなかったら、とっくにこの世から去っていたと思う。しかし進歩した現行制度的医療による治療を受ける患者には身体の外に、精神、霊もあることが忘れられている。

西洋医学が目覚ましい進歩を遂げている現在でも、医療と医学の定義は昔のまま曖昧に使用されている。その進歩に応じた医学と医療をより判りやすいように定義されることが望まれる。

【略歴】
昭和30年3月 熊本大学医学部卒業
   35年3月 熊本大学大学院医学研究科修了
   35年11月 熊本大学産婦人科学助手(医学部)
   37年9〜39年10月 米国オレゴン大学医学部産婦人科学教室へ留学
   50年4月 宮崎医科大学教授(医学部)

平成2年5月 宮崎医科大学副学長、大学附属病院長
   8年3月 任期満了により宮崎医科大学退職
   8年7月 宮崎医科大学名誉教授
   11年4月 九州保健福祉大学教授、附属図書館長
   14年4月 九州保健福祉大学副学長
   16年1月 九州保健福祉大学総合医療専門学校校長
   23年3月 九州保健福祉大学総合医療専門学校退職
   23年7月 宮崎統合医療研究会代表世話人
   24年4月 日本統合医療学会宮崎支部長
posted by IMJ2015事務局 at 17:02 | @統合医療との出会い