【第39回】藤井 義博 先生

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『高次精神による主体的な健康創造』

藤井 義博 (フジイ ヨシヒロ)
日本統合医療学会 北海道支部長
日本統合医療学会 監事

 筆者は法律を勉強してから医学を志した。そして大学院では "脱がん療法"である白血病の分化誘導療法の研究に内科医として携わった。現在は"大学生の食育"と健康教育に携わるとともに大学運営にも関わっている。とりわけ大学生が自らの健康を創造できるよう手助けをしている。

 統合医療との出会いは、米国で白血病分化誘導療法の研究生活を送っていた昭和から平成に移った頃に遡る。それは、Bernie Siegelによる「Love, Medicine and Miracles(愛と医療と奇跡)」という著作との出会いであった。シーゲル先生は、単なる外科医であることを辞めて、代替医療の実践を始められた方であった。その衝撃は大きく、帰国後は"こころの分化誘導療法"に取り組もうと"密かに"思ったりした。

 操体法の橋本敬三先生は、「健康は、生活の結果であるから、他人の力で与えられるべきものではなく、自ら創造すべきである」と云われる。筆者は、この主体的な健康創造のアイディアに共鳴する。しかしそれを実現しようとすると、近代西洋医学が採用している一連の物質的変化過程として、機械論的ないしは生物科学的・生命科学的に把握された身体観および歴史的文化的文脈における精神を排除した人間観では不十分であるばかりかその妨げになるもとの思いを抱かざるを得ない。なぜなら17世紀のルネ・デカルトを中心とする機械論哲学および18世紀のフランス啓蒙主義哲学に遡る近代西洋医学の枠組みは、自らの健康を考え、健康の自己管理を志すうえで相応しい身体観・精神観である保証はないからである。

 むしろ精神を生物科学的のみならず歴史的文化的文脈においても把握するならば、健康の自己管理は、高次精神文化の養いを受けて、よりいっそう豊かなものになると思われる。例えば、お遍路は、日本の高次の精神文化である。病であれ、失業であれ、愛するものの死であれ、喪失を胸に秘め、人生の意味を求めてひとり旅だったとしても、この文脈に身を投じると、それはすでに孤独なひとり旅ではない。弘法大師と同行二人の巡礼に転調する。遍路の作法において、先人の知恵とつながる。地元の人々の伝統の「お接待」に利他的行為の可能性を経験する。そして同行の「先達さん」から直接お遍路の意味を継承する。統合医療者は、生活法を通じて、個々人が健康を自ら創造するためのよき伴奏者なのだと思う。

【略歴】
京都大学法学部卒業
北海道大学医学部卒業
藤女子大学 副学長・教授
日本死の臨床研究会 世話人・国際交流委員長
全国大学保健管理協会 理事 
全国大学保健管理協会 北海道地方部会 代表世話人
日本スピリチュアルケア学会 理事


タグ:医師
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【第35回】西條 一止 先生

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『ー厚生省特定疾患スモン調査研究班に
 おける統合医療実践経験ー』


西條 一止 (ニシジョウ カズシ)
筑波技術短期大学(元)学長、名誉教授

 厚生省特定疾患スモン調査研究班においては昭和48年度から、スモン患者の異常知覚に対して東京教育大学芹澤勝助教授(西條は助手として研究のとりまとめを担当した)により鍼・鍼麻酔方式の治療が試みられた。

  腹部症状、腰、下肢の冷えなどを主とした不定愁訴の改善が認められ、知覚障害については全治は認められないが、レベル、程度については改善が認められた。

 以上のようにSMONの後遺症に対して一応の評価を得たが、鍼・鍼麻酔方式による治療には可逆性があり一過性である。そこで昭和50,51年度には鍼・鍼麻酔方式による治療効果持続のためのホームプログラムの開発を目的として、臨床分科会にプロジェクトチームを編成し、臨床研究を進め、鍼・鍼麻酔方式による治療効果持続のための方法として筑波大学理療科(芹澤)の考案・開発によるスポット表面電極麻酔方式(現在の皮膚表面電極による低周波治療器の最初)を取り入れ、その安全性、応用方法について研究した。 その結果、鍼麻酔方式のよる治療効果持続の方法として使用可能であることを確認した。 ホームプログラムとしてのスポット方式の使用には、専門臨床家の指示および管理が必要であり、社会的および患者のニーズに十分且つ合理的に応えるため、全国的な診療システムを組織する必要があると考える。という結論を得た。

  昭和53年度には東北大学温泉治療学研究施設(佐直信彦)、群馬大学リハビリテーション医学研究施設(平井俊作)、筑波大学理療科(芹澤勝助)、名古屋大学第1内科(祖父江逸郎)、大阪大学第2内科(高橋光雄)、岡山大学神経精神科(池田久雄)、鹿児島大学第3内科(井形昭弘)の7施設において研究を進め、東北大学には宮城県立盲学校、群馬大学には群馬県立盲学校、名古屋大学には愛知県立名古屋盲学校、岡山大学には岡山県立盲学校、の各盲学校から鍼治療チームの参加を得て研究が実施された。

  これらの研究の成果により、国の施策で、昭和53年12月からSNOM患者に対する鍼・灸・マッサージ治療費が国費負担で行われるようになった。

 1970年代、40年前に行われた統合医療実践例である。
(厚生省特定疾患スモン調査研究班昭和53年度研究業績、昭和54年3月)

【略歴】  
西條一止は、昭和46年東京教育大学をスタートとして、筑波大学、筑波技術短期大学に置いて
40年近く鍼灸の基礎・臨床研究、教育に従事した。
この間昭和48年から平成10年まで特定疾患スモン調査研究班での研究に従事した。

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【第2回】理事長 仁田 新一 先生

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『私と統合医療との出会い』


仁田 新一 (ニッタ シンイチ)
一般社団法人日本統合医療学会理事長
東北大学名誉教授


 私の知人からよく「近代医学の最先端で活躍していた先生がどうして統合医療に手を染める様になったのか?そういえば現役の大学教授を辞めると途端に怪しげな領域に飛び込む人がよくいますね」と好奇心の塊のような質問を受けることがあります。統合医療との出会いは決して近代西洋医学を否定したのではなく、純粋に科学技術を駆使して東洋医学領域の脈診や鍼灸、気功などの効能とそのメカニズムの解明が可能なのではないかという一科学者の好奇心からスタートしたものです。そのきっかけを作ってくださったのがソニーの創始者の井深大さんでした。それは1980年後半でしたが東大教授の渥美和彦先生と一緒にソニーの脈診研究所に呼ばれ「私は工学研究者なのですが近代西洋医学には限界があるが、脈診などの東洋医学は科学的検証がなされにくいので、ぜひ先生たちの力で科学的根拠付けをしてほしい」との要請を受けました。渥美先生も私も人工心臓の開発と臨床応用を研究テーマとしていましたので、健康な脈とか病的な脈の機械的な再現はお手の物でした。早速脈診に用いる三個の動圧センサーを開発し、健康なものと種々の動脈硬化を再現した人工血管を作り人工心臓をポンプとし、流体は任意の粘性の人工血液を使い人工循環システムを作成して実験を行ないました。脈は心臓、血液、血管、センサーに当たる皮膚などの条件が変わるとそれに応じて特異的な脈が生まれます。このシステムを使うと色々な病態の脈診を再現できることになったのです。今も指先にセンサーを置いて災害地や過疎地域、飛行機や船舶などの移動体での双方向通信を用いた遠隔救急医療の役に立てようとしています。
 今から約40年前に始まった私の統合医療研究が統合医療学会の皆様と一緒に被災地や時代の要請を受けて、国民に新しい未来型医療として受け入れられる素地がようやく固まろうとしています。これからの医療は単に医師看護師などの特別な領域ではなく、国民一人ひとりが自分の健康を守る時代になります。その時のパートナーとしての各種療法の宝の山である統合医療が大きな役割を果たすようになります。

【略歴】
昭和 41年 東北大学医学部医学科卒業
昭和 49年 米国ベイラー医科大学研究員
昭和 56年 東北大学抗酸菌病研究所助教授(東京工業大学併任)
平成  8 年 東北大学加齢学研究所教授(東京工業大学併任)
平成 10年 東北大学副総長
平成 15年 東北大学加齢医学研究所臨床医工学研究部門教授
平成 22年 東北大学名誉教授(現)
 第19回日本統合医療学会 名誉大会長
タグ:医師
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