【第18回】山本 竜隆 先生

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『自然欠乏症候群に関して』


山本竜隆 (ヤマモト タツタカ)
朝霧高原診療所 院長 富士山静養園 園主


米国では自然欠乏障害Natural-deficit-Disorder(以下、自然欠乏症候群とする)という言葉が使われ始めている。この言葉はLAST CHILD IN THE WOODS「あなたの子どもには自然が足りない」において著者のリチャード・ルーブが提唱。春日井晶子氏の翻訳された本も出版されている。この本では、自然から離れることで人間が支払う対価として、人間の感覚の収縮、注意力散漫、体や心の病気を発症する割合の増加があるとしている。また「指向的集中」と「感応的集中(無意識の注意)が挙げられ、都市型生活では、「指向的集中による疲労」に陥り、その結果、衝動的行動、苛立ち、焦燥感、注意力低下などが現れるという。

自然欠乏症候群には、どのような背景があるのか。人間は数千年、数万年間、自然の中で、自然のリズムに従って生きてきた動物の一種であり、遺伝やホルモンも、その影響が深く刻まれている。つい数世代前までは、太陽や月のリズム、四季の変化、100%自然素材の食材と衣服で、人工音もほとんど無い生活様式であった。しかしここ数十年の、ライフスタイルや環境の変化は、過去数千年の人間の営みからは考えられなかったほど大きなものである。世界の中でも、特に日本の都市生活において、自然欠乏状態は増加しているようだ。我々は、もう原始の生活に戻ることはできないが、不自然な状況が続くことで、さまざまな症状や疾患の出現する可能性は十分にあるように思うのである。

ちなみに医学の父、ヒポクラテスは「自然から遠ざかるほど病気に近づく」という言葉を残している。統合医療の一つの切り口としても、自然欠乏症候群は重要な疾患概念だと考えている。

【略歴】
医師・医学博士
アリゾナ大学医学部統合医療プログラムAssociate Fellow(2000年〜2002年)をアジアで初めて修了。
その後、統合医療ビレッジグループ総院長、中伊豆温泉病院内科医長、
(株)小糸製作所静岡工場診療所所長・産業医などを経て、地域医療とヘルスツーリズムの両輪で
行うWELLNESS UNIONを設立している。
タグ:医師
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【第12回】河野 紘 先生

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気と「気」と「○○気」


河野 紘 (コウノ ヒロシ)
公益社団法人山口県鍼灸師会 代表理事

気とは目に見えないものである。
「気」とは森羅万象それぞれに個性を与え、万象たらしめているものである。
「気」とはそれ自体に何らかの個別的な作用力があるのではなくて、万象の作用力を発現させているものである。雰囲気が良いとその中にいる人は気分がよくなって、それぞれの持てる能力を十分に発揮できるようなものである。

東洋医学は気の概念無くしては存在しえないものである。気とは何ぞやと聞かれると即答は難しいものであるが、如上のような「気」が根源にあると考えている。しかし気にもいろいろあって、真気、衛気、精気、陽気等の「○○気」と呼ばれるような気はそれぞれ何らかの個別的な作用力を持ち、人体を機能させている。が、それらも「気」がなくてはその作用力を十分発揮できない。
この気の概念に対する取り組みの差異が東西の医学を分けている。西洋医学では見えないもの、計測できないものは無いものとして切り捨てられており、したがって気は無いものである。

「○○気」で示したものは、こののち電気や磁気のようにセンサーが開発されて物理量として計測できるように成るかも知れないが、「気」で示したものはおそらく出来ないものと思われる。しかし論理的な帰結として「気」を認めた方が合理的である、とする日が来ると思う。
東洋医学、就中鍼灸医学は気の医学と言ってよい。私の臨床では今のところ唯一の気のセンサーである人体を利用する方法(O-リングテストのような)で診断、治療を行っている。そもそも「病気」とは気の巡行が阻害された状況をいう言葉である。このことは医学・医療を行う者すべてが考えてほしいことである。それが統合医療を機能させる「気」となるであろうと思うからである。
これが、私が臨床で培った気に対する勝手な現時点での思い込みである。

【略歴】
昭和18年7月1日生
昭和53年3月 大阪鍼灸専門学校卒業
平成12年4月より社団法人山口県鍼灸師会会長
タグ:鍼灸師
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【第9回】坂部 昌明 先生

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『専門分野からみた統合医療』


坂部 昌明 (サカベ マサアキ)
公益財団法人未来工学研究所 客員研究員
森ノ宮医療大学保健医療学部 兼任講師


 私は医療に関する免許制度研究を進めています。私には、現在の日本の医療制度が「実に早急な転換が必要な時期」に差し掛かっているように見えています。これは医療の在り方に対する医療の専門職の考え方だけでなく、日本の制度、また国民全体の考え方にまで及ぶものです。

現在の日本の医療は、疾病の治療を主体とした医療システムであると言えます。しかし、疾病治療型の医療システムでは「患者になりうる国民」を減らすことに貢献できません。既に多くの医療の専門職の方々、あるいは政府、省庁その他行政の皆さんが、現状を打開するため知恵をめぐらせています。しかし、今一つ納得のいく策を講じることができないでいらっしゃるのではないでしょうか。
免許制度は、本来、「国民の生命や健康を保護する」ことを目的としています。医療や介護等の分野(以下、医療介護分野)に携わる場合、免許を受けることが必須となると考えてよいでしょう。しかし、ここで注目すべきは、医療介護分野のみが国民の「生命や健康」に寄与するものではないということです。むしろ、傷病の治療あるいは介護を受けるという場面は、「非日常」です。多くの傷病者や被介護者は、治療あるいは介護を受けていない時間も「生活して」います。例えば住まいに関わる産業、健康の維持増進に関わる産業、あるいは日用品の購入に関わる製造・生産業など多種多様な分野との関係を持って、彼らは生活を続けているのです。

今後、医療介護分野はどれだけ「これまで自分たちと関係がない」と思い込んでいた分野との相互連携できるかが重要になるでしょう。「餅は餅屋に」と言います。医療介護分野は、自らが「担うことのできない分野」について十分に認識し、エアポケット化しうる部分を誰が担うのかを意識すべきです。そして、社会の多様性を鑑み、現在不要に見えるものを除外してしまおうとする考え方に陥らないように留意しなければならないでしょう。

統合医療とは、今後の人類に必要となる医療の在り方へ向かう経過的医療状態を指すキーワードだと、私は考えています。小手先の連携などではなく、大所高所から人類に必要な医療の在り方はなにかという視点で、改めて日本の医療を眺めてみませんか。そうすれば、おのずとみなさんそれぞれの「統合医療のさらに先」が見えてくるはずです。是非とも本大会で、その「在り方」を分け隔てなく語り合いたいものです。

【略歴】
明治鍼灸大学卒業(鍼灸師)。
京都府立医科大学大学院修士課程を修了(医科学修士)
主な研究分野は、法学の視点からの免許・医療制度等。
また山間・島嶼地域の医療への鍼灸の応用可能性を検討している。
第19回日本統合医療学会プログラム委員
タグ:鍼灸師
posted by IMJ2015事務局 at 15:35 | C専門分野からみた統合医療